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 横浜の水道は日本で最初の近代水道

 かっての横浜は小漁村で殆どが山であったトカ...?
明治の頃はナント僅かに87戸です。

今は300万を超えて日本第二の大人口...なのに信じられますか?

 明治の頃の日本の人口は約3,500万人ですから、今のおよそ3分の
1です。

 8,000万人位になれば、渋滞もラッシュもなくなって暮らしやすくなるかも知れません。

 さて、この寒村に近代水道を敷設したのは明治20年。日本で最初の水道です。

水源は津久井町(旧三井村)、今の津久井湖がある所です。

 ここから横浜の野毛山に向かって、真っ直ぐの道路を造り資材を運んだ。

 当時は車がなかった為に、まず線路を敷いてトロッコを走らせた。
この道に沿って導水管が埋設され、その道には今も「水道道」の名前が
残っている。

 


 英国人技師の協力を得て、この2年に及んだ水道工事は完成した。この水道道は武蔵国と相模国の境界付近に位置していた。

 古地図にはまだ都筑郡と橘樹郡の名が残っている。


 いま西谷に広い浄水場があり、敷地の中央に建つ水道記念館には様々な物が展示されている。